||  The first world and you are unnecessary  ||






七話


「――そこはいい。ちゃんと隠せてるならな」
 前回は自分が言い負かしたのだったが、今回はホヅミの方に軍配が上がったらしい。しかしやられっぱなしで
いるのもしゃくなので、嫌みったらしく言ってやる。
「お前だってクテイをいつも傍に置いてるだろう。今日は連れてきてないのか」
「今は仕置き中だ」
「……そうかい」
 あっさりと真顔で言う台詞ではないが、それ以上突っ込むのもバカらしい。今回はどうやっても負けらしかった。
「あんまりいじめてくれるなよ」
 せめてと釘を刺せば、ホヅミはさも心外だといった表情を浮かべた。
「躾じゃねぇか、――ああ、」
 何かに気付いたホヅミはウルドを押し退けると、建っている柱に手を添え、左斜め前の廊下を見やった。廊下
は剥き出しで壁などはないため、落ちれば怪我は免れない。ホヅミはサングラスをわずかに下ろし、目を細める。
「――お前さん、自分とこの心配しろよ。かわいいペットがいじめられてるぞ」
「あ!?」
 慌ててウルドは振り返った。そこには確かにモモセとヒタキがいて、ヒタキが何やら叫んでいる。遠いため声は
ぼんやりとして聞き取るのは難しい。
 向かっているのは背の高い二人の子どもだ。耳と尻尾はない。人間か。ひとりは貴族、ひとりは平民の獣種だ。
 すわ、喧嘩か。
 今にもベゼルを使っての抗争が始まりそうな気配に、ウルドは焦る。
「――悪い! じゃあな!」
 駆け出そうとしたウルドの背に、まったりとしたホヅミの声がかかる。
「ウルド、」「何だ!」
 イライラと振り返れば、ホヅミは緩慢な動作で煙草に火を点けていた。急いでいるのは分かっているだろうに何
の嫌がらせだ。
 顔を上げたホヅミの目は、紫煙に隠れてどんな感情を映しているのか判断がつかない。
「最近学校内で誘拐が増えてるぞ。お前さんのペットも気をつけてやりな」
 虚を付かれ、ウルドは瞠目し、低く友人の名を呼んだ。
「――ホヅミ、お前、」
 何の忠告だ、今まで、そんな親切らしい親切を、この男がしたことはなかった。
 危険信号が、脳裏に灯る。
 しかしそれ以上を、ホヅミが話す気はないようだった。
 問いただそうとしたウルドをはぐらかすように、煙草を挟んだ指を外へと流す。
「早く行け、ベゼル使う気らしいぜ?」
 後方を指し示され、ウルドは裾を翻した。
 モモセ、
 すでにそのことが頭を支配していて、ウルドは自嘲ぎみ一粲にした。
 ホヅミの発言に何か引っ掛かるものがあったというのに、今や胸をざわつかせるそれらすべてが抜け落ちて、
残ったのは僅かな違和感だけだ。
 モモセ、
 後から確認する、義務的な思考のみで完結させ、ウルドは走る。過保護なのは自覚している。構いすぎること
も。けれど、とウルドは呟いた。
 カナンに託さたのだ。護ってやってくれと。本当はどこにも出したくなどない。大切に囲って誰の目にも止まらな
いように。だがそれがモモセのためになるはずもない。彼女もそれを望んではいないだろう。誰もいない部屋でひ
とりきり、モモセを閉じ込めておくと言うのなら、それはただの愛玩用の奴隷と同じだ。
 普通の仔どもと同じように、ベゼルを扱える能力があるならその制御のために幼年学校に入れるのが定石だ。
不可触民ということは隠して、普通に。それが彼女の願い。その道筋を作るために、彼女はモモセをスラムに棄
てたのだ。愛しいわが仔を。
 まどろっこしい廊下を抜ける。その先にウルドのベゼルと雑ざり、モモセのベゼルも感じた。自分のものに深く
隠されて、注意深く見ないと分からないのほどのそれを。
 ああ速く行って抱きしめたい。きっと大丈夫だ、分かっていても抑えきれなかった。
 当然だ、もう何年も探し続けていた、モモセは愛しいいとしい命なのだから。


 ――――やっと見つけた、命なのだ。






       
inserted by FC2 system