||  The first world and you are unnecessary  ||






六話


 理事室を出、ウルドはため息をついて首を鳴らした。息が詰まる。理事はモモセを受け入れてくれたが、本心
ではあまりよく思っていないことは知っていた。身分に関係なく軍人になることを是とする、これが真実受け入れ
られるようになったのは、聖典に明文化されてからずっと後、ほんの三十年ばかり前のことだ。それまでも奴隷
であっても軍人になるものはいるにはいたが、公の場での教育は行われていなかった。大抵は買われた先で教
師なりをつけてもらうのが一般的だったのだ。
 七十余を数える高齢な理事は、未だにスラム出や、そこの獣が校内にいることを納得できていないらしい。
 彼にモモセのことを話すとき、素性は伏せた。不可触民などと言えば流石に表面上は穏やかな理事も黙って
はいないはずだった。不可触民はあらゆる意味で別格だ。自分がとんでもないことをしようとしている自覚はあっ
た。ウルドとて馬鹿ではない。ばれたらどうなるか、分からないほど性能に劣る脳を持っていた思えはなかった。
 外に出さなければ、平穏は保障されていたというのに……。
 ――――いや、考えても詮ないことだ。
 ウルドは思考を切り替えて幼い仔どものことに神経を集中させた。日がな一日嫌がられながらも触れあって過
ごし続けてきたため、モモセにはウルドのベゼルが移っている。辿るのは容易かった。
 足を踏み出したとき、馴染み深いベゼルの気配を感じてウルドは眉を跳ねた。左手の角から姿を見せたのは、
いるはずもないホヅミだった。
「――何でお前がこんなとこにいるんだ」
 懐疑心に満ちた声が喉から洩れる。何せ彼には前科がある。実のところウルドはホヅミに、<神の血統>との
雑ざりものが見つかったらすぐにでも連絡しろと言ってあったのだ。偶然クテイのお陰で何とかことなきを得た
とはいえ、それが彼の信頼回復に繋がるわけではない。クテイは心優しい子どもだった。ホヅミはいい部下を持っ
た。それだけだ。
 ホヅミはひょいと肩を竦め、口端を持ち上げた。
「挨拶だな、ウルド。母校に来ちゃ悪ィか」
「お前が利益にならんことをするはずがない」
「買いかぶりすぎだ、そりゃ。俺だって感傷に浸りたくなるときくらいある」
「頭でも沸いたか」
 ホヅミが感傷などという殊勝な感情を持っているはずがない。そもそもそんな単語を知っていたことが奇跡だ
とウルドは目を眇めた。第一あれは褒め言葉ではない。返答からしてもホヅミがいかに図太いかが窺える。
 こうして話していれば常に嫌みの応酬になることは幼年学校時代から承知していることだったので、ウルドは
早々に話を元に戻した。
「で、お前は何でここにいるんだ」
「そう言えば、モモセとは別行動か。お前さんの気配がふたつあったせいでどっちへ行こうか迷った」
「……よくこっちだと分かったな」
 疲労が二倍増しで双肩に圧し掛かってくるのを感じつつ、ウルドは律儀に応えてやる。ホヅミは自分の関心
ごとしか喋らない。そのためよく会話が食い違うが、これは相手が合わせてやるしか解決法はなかった。
「俺をそこらの馬鹿と一緒にするんじゃねェよ。ちょいと探ってみりゃ一目瞭然だ。ついでにお前さんがいかに
べたべたひっつきまわってるかもな」
 ウルドは辟易し、口をつぐんだ。
 そこまで分かるくらいなら軍人になればよかったものを、ホヅミは何を好き好んでか奴隷商人だ。才能もあり、
階級も申し分ない男だった。人を惹きつける魅力もある。その求心力が誤った方向に使われた結果が、今の彼
だ。
 スラム内で一番の勢力を誇る男。
 各業界に太いパイプを持っており、その最大の一本が、ウルドだ。しがない部署に身を置いているとはいえ、
ウルドに楯突ける者はそう多くはない。
 全く違った道を選んだにも拘らず、だからこそいまだに友好が続いており、役に立つ。ホヅミにとってもそれは
同じだ。持ちつ持たれつ。
 ウルドは額を押さえていた手を振った。






       
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