||  The first world and you are unnecessary  ||






三話

 庭園を突っ切ると階段があり、その上が校舎である。
 幼年学校という名で呼ばれる国立校で、入学は何歳からでもいいらしいので、様々な年代が一緒に学んで
いる。卒業は履修を早めない限り通常六年。民間の学校と違うのは、基礎教育の他にベゼルを扱うための英
才教育を行っているという点だ。
 スラム出もいるため学費は基本的に全免除、必要であれば寮も無償で提供してくれる。ヒタキもこの寮で世
話になっていると言う。
 しかし誰もが同じ扱いを受けられるわけではない。ここでも、身分の差は歴然と存在した。授業内容は同じ
であったが、貴族階級とその他は服装も教室も寮もすべて区別されている。そして、平民階級と奴隷とでも、
住み分けはきっちりとなされていた。
 そして基本的にここを卒業した後は、軍事学校に入るのが普通だった。
「って言っても、入るのが義務なわけでもないけどね」
 そう説明するヒタキは今、校舎内を案内してくれていた。今歩いているのは二階の学習棟である。
 先ほど鐘が鳴り、ヒタキ以外の仔どもたちはそれぞれの教室へ帰っていっていた。聞けばこれは昼時の鐘
ではないのだと言う。授業の始まりと終わりには鐘がなるらしい。よくよく聞いてみれば、確かに聞き慣れて
いるものとは音階が異なる。
 建物は白を基調としているらしく、清潔感に溢れている。廊下には窓といったものはなく、開放されていた。
近年建てられ始めた金を掛けられたもの以外には通常の建物にも窓などは入っていないものの、モモセはこ
の広さにはやはり慣れず、居心地の悪い思いをしなければならなかった。馴染む日は果たして来るのか、怪
しいところだ。近い内に通うようになるのに、実感はほとんどない。
 学校、本当に想像もしたこともなかった世界だ。
「まあ、オレは軍人になるけど。スラムに帰っても録な仕事ないし。最悪死んじゃうしね。同じ死ぬでも、無意
味に死ぬのと軍人として死ぬのとでは大違いだ。御手洗なんて物騒なもんあるし」
 モモセはふと足を止めた。
「……御手洗、」
 呟く声にヒタキはしまった、とでも言うような顔を作った。
 それにモモセはきょとんとする。
「ごめん! 嫌なこと思い出させちゃった。モモセは御手洗で捕まったんだね」
「……そう、」
 そしてそこで研究資材として売られそうになった。――いや、売られたこと自体は変わっていない。買ったのが
たのがウルドだっただけの話だ。
 それがどれだけの違いだっただろうとモモセは思う。
 そういうことか、とモモセは分かった。ヒタキはモモセの、思い出したくない過去に触れてしまったと思ったの
だ。
「ここにいるってことはホヅミさんのところに取り上げられたね。あの人は色んなルートを持ってるから」
 ホヅミ、荒々しい雰囲気を持つ男の名を、口内で転がす。モモセははっと顔を上げた。初めてヒタキを見かけ
たときに脳内にちらついた顔が鮮明に浮き上がった。
「――クテイ、」
「クテイ? ――ああ、」
 ――のことか。合点がいったのか、ヒタキは頷いた。
「あの仔を知ってるの?」
「助けてもらった。――多分」
 クテイがウルドを呼んでくれた。ホヅミはウルドに売る気はなかった。
「助けて? へぇ、あの仔も随分変わったんだね。武器の扱いは上手かったけど、消極的で怯えてばっかり
だったのに。オレとあの仔は同族なんだ。分かるだろ?」
 はたりとヒタキは尻尾を揺らす。
「ずっと一緒にいて、一緒に御手洗にあって、一緒にホヅミさんのところに連れていかれた。三年前だよ、そこ
でウルドに逢ったんだ。そこにいたベゼルを使える仔たちはみんなこの学校に連れてこられたけど、あの仔は」
 明るく喋っていたヒタキはそこで不意に口調を落とした。軽快に鳴っていた足音が潜められる。
「そこまで才能がなかったから」
 ヒタキの肩が震える。泣くのか、と身構えたモモセだったが、ヒタキは笑った。
「でも元気そうでよかった。ホヅミさんのとこにいるのは知ってたけど、やっぱり気になってたから」
 モモセは瞬いた。
 元気そう。――元気そう、だろうか。あれは虐げられていたわけではないのだろうか。
 ――――きっと、そうだった。クテイの歪められた瞳を、モモセはちゃんと覚えている。自分が初めて誰かに
伸ばした手を、ホヅミによって阻まれたことも。
「うん、元気、……だったよ」
 けれど安心したと笑うヒタキに、モモセが何を言えると言うのだろう。彼を苦しめることになる。
 そのためモモセはそれ以上を語ることは出来ず曖昧に微笑み、話題を変えた。ヒタキは気にした様子もなく、
その話題に乗ってくる。
 共通の話題といえばスラムでのことだったが、それを持ち出して互いに慰め合うような情けないことはしたく
なかった。そうして残されたのが、ウルドのことしかなかったのは、哀しかったが。





       
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