||  The first world and you are unnecessary  ||






二話

 馬車は石造りの重厚な門の前で止まった。衛兵が二人控えており、それだけで場違いな場所に来ていることが
よくわかる。御者の男が何事かを話すと、程なくして門が開かれた。
 ウルドはモモセを制するとまずは自分が降り、当たり前といった体で手を差し出してきた。
 モモセはちらりと衛兵を伺った。案の定、一瞬だけだが驚いた顔をしたのをモモセは確認した。
 それがどんな内容の驚きなのかはモモセの予想の範疇外だったものの、おかしいことだというのは彼らとの共
通意識だと確信したモモセはウルドの好意を無視するに相成った。
「平気です」
 つっけんどんな言い口で、モモセはタラップを降りる。そのウルドを邪険にするような仕草がまた衛兵らを驚かせ
るのだったが、モモセはそこには気付けなかった。
 ウルドは肩を竦め、けれどまたしても手は繋がれてしまった。
 門の先には石畳の小道があった。幅は馬車一台が通れるくらいだ。その両脇には見事な花壇が、小道に沿う形
で存在している。ちらほらとモモセと同じような格好の子どもたちが見受けられ、どうやらこの衣服は制服のような
ものであるようだった。
 彼らは歩いているこちらに気づくと表情を更に明るくさせ、駆け寄ってきた。
「ウルド!」
 口々に呼んでは集まってくるのは、まだ幼少とおぼしき仔どもからモモセと同年代ほどまで様々だった。まだ獣
の名残を残したものもいれば人間の形態もいる。
 そちらはもちろん本当に人間である可能性もあるのだったが。
 久しぶり、元気だった、と口々に話しかけてくる仔どもたちにウルドは律儀に応対している。モモセはその底抜け
な明るさに萎縮してしまい、思わず握られた手に力を入れていた。
 ウルドは話しながらも宥めるように手を振ってきて、そこでやっとモモセは自分のしたことに気づく。
 スラムではあまり目立たないよう生活していた。
 あの奔放さに驚いただけだ、とモモセは言い訳じみた調子でもって胸中で呟いた。
 あいさつが一段落つくと、その中のひとりが早速といった様子で訊ねていた。肩に掛からない程度の黒い短髪
のなかに、性格を表すような耳がぴんと立っている。モスグリーンの瞳は好奇心で輝いており、太い尻尾がぱた
ばた揺れていた。
「ウルド、ウルド! この仔新入り!?」
 訊きたくて堪らなかったのか、随分と跳ねた口振りだ。
 自分に話が及んだことで、モモセは警戒に尻尾の毛を膨らませてウルドの背に回り込んだ。手はほどかれてい
ないため、ウルドは後ろに腕を回さなければならなかった。苦笑しつつ、男は目の前の少年に答える。
「そう、俺の補佐にしたいと思ってる。仲良くしてやって」
 まさか、他人にまでそんな馬鹿げた計画を伝えるなんて!
 息を呑むモモセとは違い、少年はにこにこと頷いた。
「いいよ! あ、なあ名前は?」
 後半はモモセに対して問われたものだ。隠れながらも、反射的に応答する。
「モモセ、」
「オレ、ヒタキ。ウルド、こいつ連れてっていいの?」
「俺は理事に話があるからな。暇だろうからそうしてやってくれるとありがたいが」
 話というのはおそらくモモセのことだろうに、本人がいなくていいものか。
 それに澄んだヒタキの瞳には悪意は見当たらないものの、警戒心はそう簡単に薄れない。
 躊躇うモモセにしかしウルドはこともなげに言って、モモセの背を押した。
「行ってこい。終わったら迎えにいくから」
 たたらを踏み、モモセは振りかえる。斜め上にあるウルドの顔を見上げるのは理不尽な身長差のせいで随分首
が痛い。
 なぜ今さらそんなことを思ったのかモモセは不思議に感じた。今までだって、彼を見上げることは幾度となくあっ
たのに。しかし袖を引かれたせいですぐにその考えは霧散した。
「行こう、モモセ」
 均衡を崩しつつ、モモセはヒタキを追いかける。
 ほらお前らも行け、ウルドに言われた仔どもたちも、走りよってきた。わらわらと塊になり、はしゃぎながら歩く。
 男は連れ立っていく仔どもたちを見おくり、緩慢な動きで歩み始めた。





       
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