||  The first world and you are unnecessary  ||






四話


「――あの人は変わってるよね」
 誰のことかは言わなかったが、ヒタキはすぐに分かったようだった。
「ウルドのこと? うん、きっと変わってるだろうな。オレたちみたいなのを学校に入れてくれるんだもん。
でもさ、今回みたいなのは初めてだよ。ウルドは十何人くらいまとめてつれてくるんだ。なのに今回はモモセ
だけ」
 ヒタキはモモセの顔を覗き込み、小首を傾げた。そこで初めて、モモセはしまったと思った。間違えた。保
身のための話題転換だったのだが、実のところヒタキはその話をしたかったらしい。
「モモセはウルドの何って、聞いてもいい?」
 純粋な好奇心のみで構成された質問にモモセは顔を伏せた。
「――知らない。あの人はただおれを探してたって」
「それって特別ってことじゃないの?」
 ヒタキは怪訝そうにし、モモセは特別という単語を繰り返した。それは言葉の意味を掴みあぐねている、な
んとも頼りない言い回しだった。
「違うの?」
「違うと思う」
 考えるでもなく、モモセは即答していた。言ってしまってからモモセはちゃんと考えることを思い出したわ
けで、今度はしっかりと考えたももの、根拠のない否定しか脳内には浮かばなかった。逆に、漠然とした肯
定も出来ないことはなかったが、そちらを選ばないあたりつまりモモセは肯定することが怖かったのだった。
 ――特に、その先にあるものが
「あの人はおれが珍しかっただけだ」
 苦しまぎれに述べたことが、理由として成り立たないことは、言ったモモセが一番よく理解している。別の
意味合いでそれはヒタキも同じだったようで、さほどないモモセを上から下まで眺めたあと、楽しげに笑い声
を上げた。
「モモセがさほど珍しい種族の獣だとは思えないんだけど」
 モモセは硬直し、自分の髪を掴んだ。漆黒。今のモモセは<神の血統>の血筋を受け継ぐ仔どもではな
いのだった。珍しいはずがない、失言だ。このまま種族の話に移行することをモモセは恐れた。
「まあ、モモセがどんな種類かっていうのは別にいいや」
 しかしそうならなかった代わりに、ヒタキは余計モモセにとって衝撃なことを口にした。
「とりあえずウルドにはオレに今話したようなこと、言わないほうがいいよ。きっと彼を傷つける」
「……どういう、こと」
 零れた声はこわばっていた。
「分かんない? だってウルドは絶対モモセが大事だよ。だってモモセにはウルドのベゼルの波紋がすごく
残ってるもん。それだけしか感じないくらい。それなのにそのことを本人から否定されたりさ、珍しかっただけ
なんてさあ、辛くない?」
「そう、かな」
「そうだよ。どう思おうと勝手だけど、それを口に出してわざわざ傷つけるのはダメだと思うな」
 だって、と幼い子どもがままならないときに使う言い訳のように、モモセは呟いた。心臓が締め付けられて
痛かった。
 ウルドに言った言葉のいくつかが脳裏をよぎる。それがウルドを傷つけたのか。
 だがそう感じることは自分の発言に重さがあると認めていることで、モモセは決してそんな風に自惚れた
りはしない。
 ――しない、はずなのに、心とは裏腹に躯のなんて素直で脆弱なことか
 ウルドに対して申し訳ないと感じること自体が、本当は無礼であるのに。
 心を裏切って瞬く間に視界は濁り、歪んでいき、涙は白い頬を伝う。
 声もなく、モモセは泣いた。
 それにヒタキは驚き、慌てて謝罪を口にする。
「モモセ、ごめん……っ! 言いすぎたよね。気にしないでって、言っても今さら遅いけど……」
 モモセは首を振った。背中で激しく髪が揺れる。
 ヒタキが悪いのではない。悪いのはモモセだ。
 自分なのだ、モモセは心中で吐き棄てた。
 けれどヒタキは自分に非があると思い込んでいるらしかった。そんなことは全くないのに。卑怯にも自分
が泣いてしまったせいで、ヒタキが要らぬ罪悪感を抱く。
「オレ、いつも言いすぎちゃうんだ。いけないって分かってるんだけど」
 沈んだ声で言い重ねてくるヒタキに、喉の震えを必死で押し込めて、モモセは口を開いた。
「平気、多分、図星を指されて動揺しただけだから」
 自分の感情にも拘らず多分、などという曖昧な副詞が先についたのは自分でもその感情の把握が出来
ていないからに他ならなかった。最近、精神が不安定になっている。
 どうすればいいか分からない、とモモセは呻いた。
「おれはあの人を受け入れられない。でもあの人が嫌いなわけじゃない」
 むしろ、好きだと言ってもいい。正直なところ、ウルドがモモセにしたことで心の底から嫌悪を感じること
はひとつもなかったのだ。
「分かんないんだ、どうしてあの人がここまでおれにしてくれるのか」
「訊けばいいのに」
「訊けないよ、怖いんだ」
 そう、結局はそこへ帰着する。モモセは見まい見まいとしていた事柄が、再び目の前に突きつけられた
のを自覚した。






       
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