||  Adult is sly ,and pretend gentle  ||






一話

 初対面、とはいえ、二度目とも言えるのだったが、その時の食い違いほど重要で、後に響くものはないと言
えるが、モモセとウルドにおいてはそうでもないのか、二人は表面的・・・には息の合った生活を送っていた。
 もちろん、それは要するに下位のものが目上のものに対して遠慮しただけだともいえる。
 早苗さなえ月の十日のことだった。モモセがはっきりとそう覚えているのは、毎朝男が暦を伝えてきていたからだ。
最下層の生き物に暦の概念はない。それは、そんなことを考えているような暇がないということと、仮に知って
いたとしても使う機会がないため、意味がないということに起因していた。
 彼らは学もなく文字も知らず、ただ日々は今日を生きるためだけに費やされている。
 何の意図があるのかは知らないが、つまりはそう言った理由で、言われるまでもなくモモセは早苗月の十日
を記憶していた。ウルドの目的なんて、矮小なモモセが判るはずもない。もしかしたら、できる限りモモセにまと
もな生き方を教えようと、そういう男の判断なのかもしれない。その日は、モモセがウルドに買われてから五日
目だった。
 ウルドはモモセが寝ている間に、必ず寝所に入ってきた。寝所、とは言っても初日に一緒に寝てしまったウル
ドの部屋ではない。隣の小さな部屋だったのだが、モモセはそこにベッドを運んでもらうでもなく、ただ毛布とクッ
ション、シーツをくれると言われるだけもらい受けるとそれらをひとかたまりにまとめ、まるで巣の中のようにして
そこで眠った。本当は何もなくても眠れたのだ。隙間風が入る込むこともない空間は、それだけでも十分に暖か
かった。でも好意は嬉しかった。
 モモセが気にしたのはその小部屋に鍵がかかるか否かのその一点だけだった。モモセにとっては鍵が掛か
だけで十分に贅沢なことである。それでもウルドに精いっぱいの勇気をもって部屋を貸してくれるよう懇願した。
鍵がかけられるということは、主人をそこから締め出すことが可能ということだ。機嫌を損ねられても不思議では
ない。それだけの覚悟を持って対峙した、と言えば聞こえはいいが、要はモモセはまだ男に『飼われる』ことが
どういったことなのか、わかっていないのだ。
ただその一点がモモセにとってどれだけ大切だったか理解していただけようものだ。しかし生憎ながら一等一
に分かって欲しかったウルドには伝わっていなかったらしい。きっちり鍵は閉めて寝たはずだったのに、翌朝に
になればがっちりと己を抱えているウルドを認識したとき、モモセは叫び声を上げないではいられなかった。つ
いでに、クッションを叩きつけないでも。
 当然だ、ここはウルドの屋敷なのだから。相鍵くらい持っているだろう。そのことに思い至ったとき、モモセは
どく自分を呪い、失望したものだ。逃げられない。ウルドは元からそのつもりで、モモセの申し出を怒りもせず
に快諾したのだ。
 最もモモセは許可を与えられない限り出でいけるような、太い生き物ではなかったが。
 小部屋といえども物置と形容したほうが的確な狭さである。モモセは狭ければ狭いほど安心する性質なの
だが、まさかウルドはそうではないだろう。あの広いベッドを見れば分かる。
何を好き好んでこんなところにいるのだというのがモモセの言い分で、それに対するウルドの返答は、お前が
いるから、という至極明瞭なものだった。モモセは自分の何が、ここまで男に執着されるものであったのか理
解ができない。隙あらばウルドは、モモセと一緒にいようとするのだ。
『大丈夫か? 怪我は』
 叩いてしまったというのに男の瞳に不機嫌の色はなく、むしろ彼はモモセの手が無事かどうかを心配した。
それきり二重の意味で絶句している間に、隣のウルドの部屋に連れていかれるというのがここ五日で形成さ
れた決まったパターンになってきている。
 そしてその五日目というと、モモセはいつものようにウルドを叩き起こすことができなかった。寝起きは悪い
方ではなく、むしろ小さな物音ひとつで飛び起きられるほどだったはずだというのに、ここにきてからのモモセ
はいやに睡眠に対して貧欲になっている。大抵ウルドが先に目覚め、少しモモセが覚醒しだしたころに見計
らったように告げられる「おはよう」が起爆剤になってクッションを叩きつけるのだったが、五日目に限ってそれ
がなかったのだ。
挨拶の前に、実は毎日深いキスを施されていることをモモセは知らない。まだ意識のはっきりしていない仔ど
もを、好きなように男は貪った。この時間帯の仔どもはとても素直だ。体温が欲しいと思えばすり寄ってくるし、
気持ちいいと思えばもっと、とねだる。慣れないものに戸惑うように触れる細い指先、初心な反応に、男の熱
は上がった。
 ちいさな舌を引き出させ、絡める。咥内への丁寧な愛撫に、仔どもは躯を震わせる。
「ぁう、……っん」
 あえやかなあえぎ声。閉じられたままの瞳。男は名前を呼ばずにはいられない。モモセ、と囁くと、そこで
甘い時間は終わりだ。うっすらと開かれる目を見て、男は朝を告げる。しかし今回は欲が先走ったこともしか
り、もしかしたらという予感があって、何もウルドは言わないでおいた。
 ぽやぽやといた地に足がついていない状態のまま、そっとモモセは隣室に連れていかれた。



       
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