||  Because the child doesn't know anything  ||






6話




 何も、聞きたくはなかった。聞かなくていいとさえ思った。そもそもウルドがどうして何の面識もな
いこんな仔どもを探していたのだとか、そんな根本の問題さえ。
 何故ならそれが語られたところで、どんな言葉が積み重ねられたところで、モモセの意見を変え
るほどのものだとは思えなかったからだ。それこそ身分制度を変えでもしない限り、モモセは頑な
にそう考えたままだろう。
「離して、下さい。逃げないから。あなたの気が済むまで傍にいるから」
 おれはあなたに買われた生き物だ。
 そう呟いた途端、肩を掴まれ、勢いよく身体を引き離された。モモセはその乱暴な動作に驚いて
二尾の尻尾の毛を逆立て、ウルドを見上げた。
 ひと呼吸おいたあとにモモセは彼が自分の願いを聞き届けてくれたのかと判断したが、どうやら
それは違うらしかった。肩を掴む手にはいまだ力が込められており、解放を示してはいない。
「だったら……ッ」
 俯き、激情の乗った口調でウルドは言い差した。
 初めて見せつけられた感情の高ぶりに、モモセは慄いて息を止める。彼の心情に呼応して圧倒
的差のベゼルが、細かな刺激物となって痛いくらいにモモセの肌を叩いた。
 
 ――――怖い、どうしよう、謝らないと。
 でも喉の気管は凍りついて動かない。
 怒らせてしまった恐怖にモモセはすっかり委縮してしまっていたが、ウルドはそれ以上言葉を進
めようとはしなかった。
(買われたと思うなら、どんなことですら俺を拒むべきではない、なんて)
 その台詞を言ってしまったなら、奴隷を欲望の捌け口として使う連中と何ら変わらない。
 一生自分を赦せないだろう。
 深く震える息を吐き出し、ウルドはようやく激情を押さえ込んだ。
 顔を上げて、仔どもを見る。
 そしてその瞳に浮かぶ色を見たときに、モモセは言いようもなく罪悪感のようなものに煽られて、
一度脳内で咀嚼する前に言葉を発していた。
「あの、」
 ウルド、ウルドさん、ウルドさま、マスター、追随する呼称が脳内を巡ったものの、結局どれを呼
んでいいのか分からずに、モモセは口を噤んだ。沈む気分もそのままに床に視線を落とし、再度
口を開く。
 わずかとはいえ考える機会を設けられたというのに、頭はどうして自分はこんなに弁明めいた口
調で喋っているのだろう、とそんなことをぼんやりと考えていた。
「別に、触られるのがいやってわけじゃないんです。でも分かるでしょう、おれはこんななんです、
だから、こんなに、だから、別に、でも」
「――――ああ」
 ウルドは返答する。モモセは男の自分よりも数倍茫漠とした口調に急激に意識がクリアになるの
を感じた。ウルドが引っ掛かったのはこれではないのだ、分かったが、では何なのだと再考を始め
る前にウルドはモモセを抱え上げ、目線を絡めてわらった。
 それに全てを封じこまれたようで、モモセは全身を緊張させると無意味に尻尾を揺らし、ぎこちな
くわらい返した。
 
 何かを間違えているような気がひしひしと本能を刺激していて、モモセはさながら人間の赤子然
と笑みを浮かべるしか、ウルドに赦しを請う方法を知らなかったのだった。



       
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