||  Because the child doesn't know anything  ||






4話




「じゃあ、あなたはおれの何を知ってるんだ! おれはあなたのことを何も知らない、あなたが見つけたかった
のはおれじゃない! スラムに帰せよ……!」
 モモセはキツく衣を握りしめた。袖がなく、膝頭が見える程度の装飾が一切ないものだ。しかし真っ白のそれ
は繊維の荒い麻とは違い、素肌の上から着ても擦れないどころか驚くほど柔らかい。ぼろ布を身体に巻き付け
て衣服としていたモモセが着るには、度が過ぎる高級品だ。
 何より人目に晒す肌の面積の多さがモモセの恐慌を掻き立てた。触れても、触れられてもいけない。ひとの
体温を知ってはならない。忌むべき雑ざりものの不可触民。それがモモセだ。
それなのに、いましがたもウルドから離れるためとはいえ彼に触った。その掌が熱い。
 薄い衣服越しに感じた人の温もりに、またしても泣きたくなってモモセは唇を噛み締めた。けれど目を逸らす
ことはしない。貴族に反駁したのだと膝が笑ったが、モモセはあくまでも耐え続け、逆に逸らしたのはウルドの
方だった。ただそれは彼自身が耐えかねたというよりは、むしろモモセに譲ってやった感が強い。
「――帰りたいのか、あんな場所に?」
 そしてそこは純粋な疑問のみで構築された質問がなされ、ぐっ、とモモセは言葉を詰まらせた。勿論、その質
問はわざと純度を高めた無邪気を装い、モモセから言葉を引きずりだそうとしているようにも聞こえないこともな
かった。
だが気づいたにせよモモセはウルドの手管に引っ掛かり、言い返しているのだ。
「帰りたいわけない! でもあそこがおれのいるべきところで、こんなところ、一瞬だっていちゃいけないんだ!」
 赤子だって知っている。不可触民のいるべきはスラムの最下層。下層の奴隷たちの立ち位置よりも更に下。
醜く汚らわしいものとして生を受けた。立派な建物やふかふかなベッドがある、そんな場所で生きてもいい獣で
は断じてない。もっともっと何倍も汚い、生きるためには何だってやる世界こそが相応しく、モモセとしても例外
ではなかった。
 だって優しいひとなんて、モモセの傍にはいなかった。
 いいよと言ってくれるひとはいなかった。
 そんなに自分を貶めなくても、と。
 あきらめてしまったそのあとに現れられても、今さら何も変えられない。
「……いるべきじゃなくても、俺はお前を見つけ出した。もう手離すつもりはない。手離せるものか……ッ」
「ッだからそれは……っ」「お前だよ」
 きっぱりと、淀みない口調でウルドは言い切る。真っ直ぐに、モモセを見た。何者の否定も受け入れない、
目をしていた。男の激情に気圧されて、モモセは一言だって言い返せなくなった。
 ほんの刹那、うれしい、と、思ってしまった。
 叩きつけられる男の欲を、うれしいと。
「お前だ、モモセ。間違えるはずがない。この俺が、お前を」



       
inserted by FC2 system