||  Because the child doesn't know anything  ||






3話


 やわらかく、毛足の長い耳の先をウルドは軽く噛んで引っ張る。吹き込まれた息と敏感な耳先への刺激に、
モモセはふるりと躯を跳ねさせた。
「っひ、ァ……」
 喉から零れたか細い悲鳴を、モモセは聞かせまいと唇を結んだ。しかしかすかに艶を含んだその声は、余
すことなくしっかりと仔どもを買った男の耳に届いている。彼はモモセに身体を密着させたまま、空いた手で
自身の頬を拭った。
 べったりと付着する、赤い血液。
 これ見よがしに見せつけるようにすると、せめてと仔どもは顔を背けようとする。ウルドはモモセの頬を、仕
草こそはやさしく両手で包んだ。顔を正面で固定して上向けさせ、いささかも男から視線を逸らせないように。
「さぁ、お前が俺につけた傷だぞ?」
 男は血に濡れた指を、モモセの頬に擦りつける。「なのに拒むのか」
 そう言いつつ、ウルドは更にモモセの唇へも血をひいた。ただでさえ桃色で欲をそそる唇が赤く熟れて男
を誘う。
 モモセは激しくかぶりを振った。
「ッ違う……ッ」
 泣きだすか、と思われるほどに潤んだ瞳が、そうしながらもウルドを睨みつけた。
「あなたが、拒むべきなんだ! 穢れたおれに触るなんて、どうか、――ッ!?」
 どうかしてる。相手の身分など頭の隅に追いやって、そう吐き棄てようとしたモモセは、最後まで言い切
れはしなかった。
「――――ッ!」
 何か起こったのかわからずに、ただ固まってモモセはその行為を受け入れてしまう。
「んッ、ふ、ぁ……」
 口内に血の味が充満する。肉厚でやわらかなものが、我がものとばかりにモモセの口腔を犯していった。
喉の深い場所まで圧迫されて、絡め取られた舌を吸われる。息苦しさと腰骨にわだかまる痺れに、とうとう
眦から涙が伝った。
 口づけられている、そう気づいたのはそのときだ。
「や、や。ッな、んで……っ、こンな――っぁう、」
 一瞬だけ与えられた息継ぎの合間に、何とかそれだけを訴える。どうして。
 暴れた躯は容易に押さえ込まれ再び与えられた口づけに翻弄されて、モモセの思考は男から強いられ
ている行為のことでいっぱいになった。
 上顎の柔らかい部分を舌先で擽られると足が震えて力を入れていられなくなる。床に崩れ折れた躯をウ
ルドは支えてくれ、同様に膝を折る。
「モモセ――――」
「っゃ、――――ぅんッ」
 だらしなく喘いだせいで唾液が顎まで零れ、それを舌で掬い取ったウルドがモモセの口にそれを押し込
めた。
 舌を擦り合わせ、ウルドは言葉もないまま呑みこむことを仔どもに強要する。
「ン、ん――」
 とろりと口内に溢れたそれを、喉を逸らされ、素直に仔どもは呑みこんだ。
 自分のものだけではない男の味が舌に残り、口づけが解かれたときには無意識に、モモセはもう一度
喉を鳴らしていた。
 は、と熱い吐息が唇から洩れる。
 唇の周りを濡らしたまま、モモセは揺らいだ瞳で男を見上げた。
 男の真意がわからずに、怯えばかりがそこに留まる。
「こんな、こと……おれにッ。いけな、い。のに……っ」
 連ねようとした言葉は途中で切られてしまう。
 ウルドがモモセの顔を自分の衣服に押しつけたからだ。真っ暗になったモモセの視界、極力抑えこも
うとしていつつも重圧を含んだ声だけが、モモセの情報だった。 
「お前が、その血を否定するな」
 怒らせた、咄嗟にモモセはそう理解したが、モモセの意志を介さずに飛び出そうとした謝罪は外気に
混ざることはなかった。ウルドの言葉が怒りばかりを孕んでいるのではないと、何とはなしに――、そう、
何とはなしに思ってしまったからだった。それは哀しみだった。そうだと悟った刹那、モモセの中に降っ
て湧いたのは、存在するはずもない反骨だ。一度頭をもたげたものはそう簡単に振り払えるはずもなく、
気づけばモモセはウルドの拘束を振り払い、叫んでいた。



       
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